ネットワークキャッシュ


Webページの高機能化、ビデオの高精細化に伴い、インターネット上で転送されるデジタルコンテンツの容量が増大しています。そのためネットワークが混雑し、Webページが表示されるまでの待ち時間が増加したり、動画再生が途中で停止するなどの通信品質の低下が突発的に発生する問題が生じています。

そこで以下のテーマなどを中心に、Webや動画サービスといったネットワークサービスを快適に使い続けるためのキャッシュ配信技術の研究に取り組んでいます。

Anycast CDNの配信サーバ選択法

Anycast CDN では、複数の目的アドレスの中からIPルータが配信先を選択するインターネットのAnycast配信機能を用いて、コンテンツ配信に用いるキャッシュサーバを選択します。しかし同一の IP アドレスに割り当てられるキャッシュサーバの数の増加に伴い、配信サーバの選択の適正度が低下します。

そこで本研究室では、コンテンツの人気の空間的局所性を考慮して、多様なキャッシュサーバセットを遺伝的アルゴリズムを用いて最適に構成する技術の研究に取り組んでいます。

低信頼エッジキャッシュを用いた高信頼キャッシュ制御法

Mobile edge cache(MEC)は、5G/6Gの 無線ネットワークの基地局にキャッシュサーバ (ES: edge server) を設置し、高人気コンテンツをキャッシュをすることで、急増するモバイルトラヒック量を軽減します。しかし基地局の設置数は膨大なため低コストだが低信頼な ES が用いられており、障害による不稼働率の増加が課題となっています。

そこで本研究室では、erasure coding を用いてキャッシュコンテンツの可用性を高める場合の、コンテンツ取得可能性を最適化するES へのコンテンツ挿入法の研究に取り組んでいます。

Webオブジェクトの相関性に基づくキャッシュ制御

近年のWebページは多数のデータオブジェクトから構成され多数の配信サーバからオブジェクトを取得しますが、Webページのリッチ化・複雑化がWeb応答時間の増大要因となっています。

Web応答時間を低減するためHTTP/2が2015年に、HTTP/3が2020年にIETFで仕様として承認されました。HTTP/2やHTTP/3は複数のオブジェクトを単一のTCPセッション上で並列に取得することで遅延時間を短縮しますが、並列配信は同一の配信サーバから取得するオブジェクト集合に対してのみ可能です。そのため多数の配信サーバから少数のオブジェクトを分散して取得する場合には、HTTP/2やHTTP/3の並列配信の効果は限定的となります。

そこで本研究室では、オブジェクト間の相関性に基づき、HTTP/2やHTTP/3の効果が高いオブジェクトを優先してキャッシュに残すキャッシュ制御技術の研究に取り組んでいます。

キャッシュ状態を考慮したコンテンツ推薦技術

Netflix などのコンテンツ配信サービスにおいて、ユーザの嗜好に沿ったコンテンツ推薦がコンテンツ要求の大部分を占める重要な存在となっています。しかし多くのコンテンツはCDNを用いて配信されますが、従来の推薦方式はCDNのキャッシュ状態を考慮しないで推薦コンテンツを選択するため、推薦によってキャッシュの性能が低下する問題があります。

そこで本研究室では、ユーザの嗜好と、キャッシュ状態の両方を考慮した,コンテンツ推薦方式の研究に取り組んでいます。

深層学習を用いたモバイル端末のデータキャッシュ技術

スマホなどのモバイル端末で動画を視聴する機会が増えていますが、動画データはサイズが大きいことから、モバイルネットワークの通信資源が不足することが予想されます。そこでモバイル端末をキャッシュとして活用し、モバイル端末間でコンテンツを配信することが有効です。しかしモバイル端末のメモリサイズは小さいことから、どのコンテンツをモバイル端末内に保存するかをコンテンツの将来の需要に基づき適切に選択する必要があります。

そこで本研究室では、深層学習を用いてモバイル端末の将来の移動先において高人気なコンテンツを予測し、モバイル端末内で保存するコンテンツを選択するキャッシュ技術の研究に取り組んでいます。

情報指向ネットワークのスケーラビリティ向上技術

情報指向ネットワーク(ICN)ではコンテンツの名称を用いて配信要求がコンテンツのオリジナルに向けて転送され、ルータでコンテンツがキャッシュされます。ICNによって、コンテンツの配信元を特定せずにコンテンツ名で直接、コンテンツを要求することが可能となります。また要求転送経路上のルータからコンテンツを配信することで、消費ネットワーク資源量を抑えた効率的なコンテンツ配信が可能となります。

しかしICNでは、コンテンツの名称に対する転送先の情報をルータの転送テーブルに格納する必要がありますが、ネットワーク上のコンテンツ数は膨大なため、転送テーブルのサイズが爆発的に増加します。そのためICNを大規模化、すなわちICNのスケーラビリティを向上させるには、転送テーブルのサイズの抑制が重要な課題です。

そこで本研究室では転送テーブルの大きさを効果的に削減するための研究に取り組んでいます。例えば、CDN (Content Delivery Network)のキャッシュサーバを用いて、転送テーブルのエントリの集約効果が向上するようコンテンツのオリジナルを配置する研究や、コンテンツの配信経路を制御する研究に取り組んでいます。

情報指向ネットワークのマイグレーション技術

ICNはIoTデータの配信やコンテンツ配信を効率化する新しいネットワークとして注目されていますが、現在のインターネットの全体が一度にICNに置き換わることは非現実的であり、部分的に、段階的に、ICNが導入されていくことが予想されます。そのためICNと従来のインターネット(IPネットワーク)とが混在した状態が予想されます。ICNではコンテンツの名称に基づきパケットが転送されますが、IPネットワークではIPアドレスに基づきパケットが転送されます。そのためこれらデータの転送方式が異なるルータ間においてパケットを転送するための技術が必要となります。

そこで本研究室ではICNルータとIPルータ間のパケット転送を可能とするゲートウェイ機能に関する技術の研究に取り組んでいます。

情報指向ネットワークの普及促進施策の研究

ICNの導入に伴いネットワーク事業者(ISP: Internet Service Provider)間のトラヒック交流パターンが変化しますが、ISP間でトラヒック量に応じたトランジット費を支払うため、ICNの導入はISPの収益に影響を与えます。そのためICNの普及可能性を明らかにするには、ICN導入がISPの収益に与える影響を定量的に分析する必要があります。

そこで本研究室では、階層的なISP間トポロジを対象にICN導入時のISP間のトラヒック交流量をモデル化し、ICN導入がISPの収益に与える影響を分析する研究に取り組んでします。また協力ゲーム理論を用いて設定した金額の調整金を、ISP間で支払うことでICNの普及を促進する制度メカニズムの研究に取り組んでいます。